□誓願寺の開創と変遷
鎌倉時代成立と推定される縁起(『誓願寺真縁起』)によると、本尊仏である「阿弥陀如来像」(丈約6・5メートル)は、今から約1300年前に、天智天皇の命により、大和の国の賢問子・芥子国という親子の彫刻師によって造られた。
阿弥陀如来像の完成とともに安置するお堂の建立となり、3年の年月を費やして七堂伽藍が完成し「誓願寺」と名付けられた。その位置は、最近の研究によって奈良の西大寺や薬師寺にほど近い近鉄「尼ヶ辻」駅付近にあったことが判明した。
その後、平安遷都とともに京都(現・上京区元誓願寺通小川西入る)に移転、さらに豊臣秀吉の命令により現在の三条寺町の地に移されが、その際、秀吉の側室・松の丸殿の助力を得て堂塔を再興した。
誓願寺は創建以来10回もの火災に遭っているが、そのたびに多くの信者たちによって再建され、現在の鉄筋コンクリートの本堂は、昭和39年に建てられた。度重なる火事の悲劇は、かえって多くの人々を誓願寺に結縁させ、念仏の信仰を育んできたのである。
□女人往生の念仏道場
女人往生のさきがけとして、都の才女・清少納言が誓願寺において発心し、髪を落して尼僧となり、本堂のそばの庵室で念仏して歓喜の往生をとげた。
また和泉式部も、娘に先立たれた悲しみのうちに無常をさとり誓願寺に詣でた。それより四十八日間参籠して念仏三昧に入り、霊夢により女人往生の信仰を得た。その後、出家し、関白藤原道長よりお堂(小御堂。現・誠心院)を譲り受け、念仏を喜びながらめでたく往生した。
鎌倉時代の「誓願寺縁起絵」(重要文化財。国立京都博物館寄託)や室町時代の「洛中洛外図屏風」にも、誓願寺を訪れる女性の姿が象徴的に描かれている。
□芸道上達のお寺
第55世の住職・安楽庵策伝上人は、僧侶・茶人・文人・咄家として優れ、「落語の元祖」と呼ばれている。松永貞徳・小堀遠州といった当時一流の文化人たちとも交際を深め、また多くの笑い話を集めた著作『醒睡笑』8巻は、つとに名高い。
その策伝上人の卓越した遺徳を偲び、これにあやかるため、境内に芸道上達を祈願する「扇塚」が祀られている。
□行事
「節分会」 2月 3日 午前10時〜厄除けのご祈祷
午後2時〜 豆まき・新京極パレード
午後3時〜 福引き抽選会
「涅槃会」 2月15日 午後2時〜法要
「善導忌」 3月14日 午後1時〜法要
「盆施餓鬼法要(精霊送り)」
8月16日 午前8時〜午後8時
ご先祖様のご回向を受付します。
「策伝忌奉納落語会」
10月 7日 午前11時〜策伝上人追善法要
午後1時〜 落語奉納前座
午後2時〜 奉納落語会

「十夜会」 11月15日 (時間未定)
「成道会」 12月 8日 (時間未定)
「仏名会」 12月16日 (時間未定)
「お身拭式」12月24日 午後1時30分
「除夜の鐘」12月31日 午後11時〜整理券108枚発行
午後11時40分〜突き始め
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| 鐘の音 |
□拝観時間
午前9時〜午後5時半
□お問い合せ 総本山 誓願寺
〒604−8035 京都市中京区新京極桜之町453
075−221−0958
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