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そんな言葉で始まる京都観光、「嵯峨野」京都と聞いてまず思い浮かぶ名前。
日本の三大名月鑑賞池(三沢といわれる大沢・広沢・猿沢)、
嵯峨野にはこの三つの池のうち奈良の猿沢を除く二つの池があります。
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広沢の池
京都には珍しい、開けた風景の池
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池に水がない時の広沢の池 |
広沢の池は、平安時代の中期、永祚元年(989)、
宇多天皇の孫で真言宗の寛朝僧正が、遍照寺を建立した時に、 庭園の一部として造られました。その後、寺は荒廃し、 池だけが残ったと言われています。
師走には、広沢の池の水を抜いて鯉を収穫し、鯉は京都市内の料亭や一般の人たちに買い取られていきます。
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また春になると、遍照寺山を背景として池の周囲、約1キロに続く桜並木が壮大です。 |
寺の創建当時から、ここは月の名所として知られ、多くの歌人が訪れています。 芭蕉の有名な句 名月や
池をめぐりて
夜もすがら これが詠まれたのが広沢の池です。
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落柿舎
ひっそり佇む嵯峨野の閑居
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蕉門十哲(芭蕉の高弟十人)のひとり、俳人・向井去来(江戸時代1651〜1704)のすみ家の史跡であり、今も田畑の中に佇む落柿舎は、嵯峨野散策に欠かせぬ見所の一つでもあり、典型的な嵯峨野らしい風景です。
落柿舎とは、去来の閑居の庭の柿の実が、強い風で全部落ちてしまいそれ以来、この庵は落柿舎と呼ばれるようになりました。
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また、芭蕉の「嵯峨日記」は、ここ落柿舎を拠点に書かれました。芭蕉も旅の途次、三度ここを訪れ、嵯峨の名所旧跡を訪れたそうです。嵯峨日記が、ここで書かれ、多くの俳人達が、この跡をしたって訪れています。
庭には、芭蕉と去来のこんな句碑があります。
柿ぬしや こずゑはちかき あらし山 去来
五月雨や 色紙へぎたる 壁の跡 芭蕉
その頃の嵯峨野はいったいどんなところだったのでしょうか?
当時の歌を詠み、当時を思い浮かべ、当時を知る。なんとすばらしいことだろうと思います。
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真如堂にある 去来の墓
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今は亡き、向井去来の墓がこの裏にあり、ほんとに小さな小さな石の墓に「去来」とのみ刻まれています。ここには遺髪が入れられ、本当のお墓は 哲学の道 近くの真如堂にあります。 |
環境に優しく
京都観光の新しい足
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京都は古きを育み、新しきを育つと言います。 また、京都といえば、「京都議定書」(地球温暖化防止案)以来、環境に優しい町として世界的に知られています。
このほど日本初の「自転車タクシー」がドイツから10台輸入されました。3輪車タイプで後部席にお客さんが2人座れ、もちろん屋根つきです。
新風館を拠点に地域限定で運行し、運賃は1日に何度も乗れる1日券(数百円)を作る予定です。
4月29日(金)から営業です。 お問合わせ: info@velotaxi.jp
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| これからの季節、是非、環境にも、そして、観光客にも優しい京都においでやす。 |
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